『由縁別邸 代田』制作こぼれ話

前回の投稿で予告した通り、『由縁別邸 代田』の館内音楽・環境音制作に関するこぼれ話を書いてみようと思う。

前投稿:『由縁別邸 代田』
http://yosukeikeda.com/blog/archives/11172
温泉旅館『由縁別邸 代田』、祝・開業。
館内に流れる音楽や環境音を担当しました。

『由縁別邸 代田』の企画設計運営会社であるUDS株式会社さんから仕事の相談をいただき、出向いていった最初の打合せ。その際に受け取った企画書で何より真っ先に僕の目を引いたのは、『由縁』という同社が展開し始めようとしていた温泉旅館のブランド名だった。

その打合せがちょうど『由縁』ブランド第1号『由縁 新宿』のプレオープン直前、2019年4月のことだったので、今回の件、その後に正式発注をいただいて制作に入るまでには1年ほどあったのだけど、その代田に出来るという旅館が『由縁』という名を冠することに並々ならぬ興味をそそられてしまった僕は、暇があれば『由縁』というキーワードを出発点に連想を繰り返したり、それと同時に、代田の地名の由来も、似たような伝承が他の地域にも多数存在することも以前から何となくは知っていたけれど、ちゃんと文献を当たったりもした。

かくして、正式なオファーをいただいた末に、
「代田に『由縁』が在る由縁を物語る音の風景」
を描くことに相成った。

ということで、『由縁別邸 代田』のサウンドスケープをより深く味わっていただけるだろう制作こぼれ話を4つほどご紹介。

  1. 代田の地にまつわる古い言い伝え
  2. 音響演出のちょっとした仕掛け
  3. 環境音の産地
  4. “縁側”の存在

1. 代田の地にまつわる古い言い伝え

古くから残る地名は、その地の自然と人々の営みの物語の断片を想起させることが多い。

そして、代田という地名は、古の時代よりその存在を信じられてきた巨人、”ダイダラ坊” (別名:ダイダラボッチ、ディダラボッチ等) に由来するといわれる。
ジブリアニメ「もののけ姫」にも、生命与奪の能力を持つ森の神”シシ神”の、夜の姿として登場するアレだ。

民俗学者の柳田國男は自著「一つ目小僧その他」の一節「ダイダラ坊の足跡」でこう書き綴っている。

─巨人来往の衝─
東京市はわが日本の巨人伝説の一箇の中心地ということができる。われわれの前住者は、大昔かつてこの都の青空を、南北東西に一またぎにまたいで、歩み去った巨人のあることを想像していたのである。しこうしてなんびとが記憶していたのかは知らぬが、その巨人の名はダイダラ坊であった。
(略)
ダイタの橋から東南へ五六町、その頃はまだ畠中であった道路の左手に接して、長さ約百間もあるかと思う右片足の跡が一つ、爪先上がりに土深く踏みつけてある、と言ってもよいような窪地があった。(略) すなわちもう人は忘れたかも知れぬが、村の名のダイタは確かにこの足跡に基いたものである。

“東京は日本の巨人伝説のひとつの中心地”、この書き出しだけでシビれてしまうのだけど、ダイダラ坊は、代田以外にも日本各地に様々な伝承が残っていて、その少なくない数が富士山に何らか関係するようである。例えば、富士山を作るために土を掘った場所、それを運ぶために歩いた足跡、そういった場所が盆地や窪地になった、沼や湖になったなどといった具合。

いにしえの人々は、このダイダラ坊がこの国の大地を起伏変化に富み、自然豊かで豊穣なものにしたと考えた。そのルーツは、神道や仏教などといった宗教が伝播する前の、自然信仰 (アニミズム) にあるらしい。今となっては表層が建造物に覆われたり、また地形そのものが開発によって様変わりした現代とは違って、代田の地でもその原形があらわに見えただろう足跡のような地形。それを人々は眺めながら、でっかい巨人の存在を感じ、空を見上げては壮大なファンタジーに思いを巡らせていたのだろう。

2. 音響演出のちょっとした仕掛け

『由縁別邸 代田』の館内に入ると、すっかり東京の街中から離れた山里にでも来たかのような気分になる。そんな自然との調和を意識して絶妙にデザインされた館内の造作とともに、空気感やその肌触り、光景を情景へと演出することもできる音も同様のコンセプトを最大限に継承している。
音 (楽曲や環境音) が流れている箇所のいくつかは、時間帯によって違った音が流れ、また大浴場については、さらにその時の天気(雨が降っているか否か)でも変化がつくようになっている。
だから、宿泊される方にはロビー・茶寮、食事処、大浴場、いろんな時間帯に赴いていただいて、耳を澄ましてみていただけると嬉しい。日帰りの場合は、二度目、三度目とリピートされる際には、是非、前とは違う時間帯にご利用いただけると、『由縁別邸 代田』のまた違ったサウンドスケープを味わっていただけると思う。



3. 環境音の産地

『由縁別邸 代田』開業を取り上げたネットニュースのいくつかには紹介されていたけれど、大浴場(内湯、外湯=露天風呂、女性のミストサウナ) に流れている音には、富士山麓の湧水地、山梨県忍野村の”忍野八海”で僕が独自にフィールドレコーディングしてきた水の音を使っている。
水が滴る音、こんこんと湧いて流れる水の音、滝が流れるような水簾音…など、そんな様々な音を時間や天候によって変わるようにMixして使っている。

そう、『由縁別邸 代田』の大浴場は、温泉のお湯のみならず、環境音も富士山から運んできた、富士眺望の湯ならぬ、「富士聴望の湯」でもあるのだ。

『由縁代田 別邸』から歩いて程近い、世田谷代田駅前の富士見橋や富士356 (みごろ) 広場からも、晴れた日には小田急線の線路が伸びる彼方に富士山を実際に眺めることができるが、温泉に浸かりながら湧水音に耳を傾けては、遠くの富士山に、そして、その富士山にもまつわるダイダラ坊伝説の情景に思い巡らせるというのも、また一興なのではないかと思う。
(ちなみに、富士見橋や富士356広場から富士山を望む方位線上に忍野八海がある。)



4. “縁側”の存在

『由縁別邸 代田』の館内は、完全に外から遮蔽された空間ばかりでなく、数箇所、外の世田谷代田の街の空気を感じることができる場所がある。例えば、露天風呂、茶寮脇の庭、中庭…などである。僕はそのような場所を”縁側”と捉えた。日本家屋の建物の縁に張り出した板張りの廊下のようなアレのことである。その設計から、”縁側”とは空間の内と外の境界域を指す言葉でもある。

露天風呂でくつろいでいると、外から世田谷代田の街の音が聞こえてくることもあるだろう。

せっかく都会の喧騒から離れるためにやってきたのに…、せっかく富士山麓の湧水音が流れているのに…と思われるかも知れないけれど、僕としては”縁側”は内と外が混ざるからこそよいと考えている。例えば、近くを飛んでいる鳥の声、近くにある小さな公園で遊ぶ子どもの声…そういったものが聴こえてくることも含めて、代田で温泉を楽しむことの味わいでもあると考え、露天風呂のみ敢えて楽曲は使わず、環境音のみで音響演出している。
鳥は季節や時刻によっても種類が異なるだろう。露天風呂とは言え屋根付きなので、雨の日も余計なことは考えず雨脚に耳を傾けることができるだろう。もし、東京では珍しい雪の日であれば、外の音は雪の吸音効果によって静まり返るので、富士山麓の湧水音を含むお風呂の音がより目立って感じられるだろうと思う。
世田谷代田にも自然がある。都会の喧騒とは言うけれど、東京にも自然がある。そんなことに改めて気づいていただけるとよいなぁと思っている次第。

そしてもし、世田谷代田の街や下北線路街から聞こえてくる音に興味を持たれたら、ひとっ風呂浴びた後、浴衣のまま、街へ出かけてみて欲しい。
旅館としても浴衣と雪駄で外出することもオススメしているとのこと。

このように、自然との調和とともに、周辺環境との親和も狙った音響演出となっている。

++++++++

以上、こぼれ話4点。

話の中で「サウンドスケープ」という単語を使用したけれど、今回、まさに音の風景を描くつもりで音響演出をした。

「代田に『由縁』が在る由縁を物語る音の風景」が、『由縁別邸 代田」でのひとときをより心地よく感じられるエッセンスになればよいな。そう思っています。

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