ポニョ。実は、怪物のような作品。

「崖の上のポニョ」を観た。
観たのだけど、この感触をどう表現したらいいものか迷っていて
今日になってしまった。

あの藤岡藤巻と大橋のぞみによる「崖の上のポニョ」という歌と、ポニョのキャラデザイン。

CMからうかがえる、あのほのぼのした可愛らしい雰囲気から得た先入観で劇場に行くと、
作品の冒頭から、世界観の壮大さや哲学に腰を抜かしてしまった。
まさに、「怪物」としか形容できない、、、そんなスケール感をもったドラマだった。

宣伝戦略含めて、そのギャップは狙ったものなのだろうと思うと、
なおさら、感嘆してしまう。まさにギャップの美学だなぁ。

しかし、改めて冷静になり、根底にある宮崎駿監督らしい哲学や世界観を描きだすための
映像(画)や音楽(音)、その手法ということを考えると、さらに驚きが増す。

映像や台詞は、極めて”可愛らしいポップなアニメ”。
一方で、久石譲氏による音楽は、90名のフルオケ+クワイヤーの圧倒的なスケール感。
(劇場パンフによると、宮崎アニメで本格的クワイヤーを使用したのは
今回が初めてだそうである。確かに言われてみれば、そうかも知れない。)

まさに、映像と音楽のクロスオーバーな手法だ。

作品の冒頭から打ちのめされる感は、きっと音楽によるものが絶大なのだろう。

宮崎監督も「ポニョでこれまでにない”新しい海の唄”を作りたい」と考えていたそうで、
音楽に相当の思い入れがあったのだと思う。その”新しい海の唄”=「海のおかあさん」こそ、
本当のこの作品のメインテーマなのだろう。

何を隠そう、この作品の中で鳥肌が立ったのは、
何故かわからないが、たかだか冒頭数分の「海のおかあさん」が流れるシーンだ。

振り返れば、物語の中でフジモトが語る、生命、人間と魚、月の落下、そして、
グランマンマーレの存在、あんな可愛らしいアニメーションの作品の根底に
存在する、大きな世界観が、全て凝縮されたような楽曲であり歌だと思う。

崖の上のポニョは、羊の皮を被った狼という表現を借りるならば、
久石節による音楽は狼である。また、久石節にやられてしまった。

もちろん、こんなわけのわからんことを考えずに、
可愛らしくピュアなドラマとして鑑賞することもできる。

しかし、ひとつに気づき掘り下げれば掘り下げるほど、それは再現なく広がっていく。
FACE代表の池本もこんな投稿をしていた。僕は全く知らなかった情報だ。

この懐の広がりと深さこそが宮崎駿監督の技なのだなぁと思う。

僕は、また「崖の上のポニョ」を観たいと思っている。
1回劇場で観ただけでは、情報量が多すぎて、取りこぼしが多すぎる。
ただ、劇場で映画を観るのは好きなんだけど、
気になるところを何度も巻き戻して観ることが出来ないので、
きっとDVDを買って観るだろうと思う。
でも、もう一回くらい劇場で観るかなぁぁと迷ってみる。テスト。

ふぅ。とりあえず、一回観た限りの雑感はまとまったのか?

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